目の前に扉があると信じ、認識すること。
それは、世界すら超え……。

目的のものへと続く扉。





何もない空間。
それを見つめ…自らに言い聞かせる。

扉がある。
その扉こそが『彼』へと続くもの。
世界の隔たりさえ超え。
どんな距離も関係なく。
その扉を開けば……会える。

はやる心を抑え、イメージする。
『扉がある』

何もないところから考えるのは難しかった。
まずは一番身近な自宅の扉を思い浮かべた。
風雨からしっかりと家を守りきる扉。
家人を守る扉。

それはどうやって開いていたっけ。
出かけるときは、外側へ押して開く。
出かける…つまり、家という空間から、外へ続く境界を開く。
家から、外に。
自分のいる世界から、『彼』のいる世界に。
続く、境界。
その扉。

脳裏に描いた扉がゆっくりと開かれる。

そして…。
目の前の空間が揺らいだ。



それは、描いたとおりの扉ではなかった。
目に見えない扉。形のない扉。
イメージは意識を『扉』という存在へ向ける手助けでしかない。
開かれるイメージと共に…道がつながった。
それは…穴と言うのが近かったかもしれない。

何もない空間に突如開いた、穴。
その向こうに……。

振り返ってこちらを見つめる、懐かしい顔。
自分とよく似た…性別と瞳の色を抜かせばそっくりなその顔に、驚愕を浮かべて。
『彼』は、レイを見つめていた。

「やっと繋がった」

ぽつりとレイが呟きをこぼす。
一粒の涙と共に。

「やっと貴方に会えた」

ずっと探していた、自分の創造者。
7ヶ月。
この世に生まれて、それだけの時間がたっていた。
生まれてすぐの自分を置いて、『彼』が消えてから…もう7ヶ月。
それは、精霊としての一生を考えれば、瞬きほどの時間しかなかったのかもしれない。

それでも。
生まれてから、7ヶ月が過ぎた。
ずっと…置き去りにされたまま生きてきたレイにとって。
多分この先の生において、一番長いと感じられる時間となるだろう。
それほどに求め続けていた。

自分を作り出した男。
…それは、親と呼んで差し支えないように思えた。
血のつながりなどなくとも。
生物としての親とはいえなくても。
存在としての、親。

……この世界で巡り合い、家族の契りを交わした人々とは異なる…家族。
唯一の。

それは、自分をこの世界に生み出した『彼』だからこそ。
その奇跡は起きた。



「そんな…馬鹿な」

『彼』は呟いた。
そう、それはありえないことだった。
たとえ、力を補う存在が傍に在ろうと、『ここ』に道を繋げるとは思ってもいなかった。

いつかは、レイが自分の元にたどり着くことはわかっていた。
それを心待ちにもしていた。
けれどそれが今だとは思わなかった。
繋がるとは思っても見なかった。失敗してしかるべきタイミングだと言うのに。

なぜなら。
『彼』は、今。
別の存在に召喚され、別の世界にいた。
自分の世界ならば、自分が作り上げたレイとも繋がりやすい。
だからこそ、少々の無理も通せると思っていた。
まだ未熟なレイであっても、その世界でならば道を繋げ、扉を開くことができるのだと…。

けれど今いる場所は。
自分の世界とも、レイの世界とも違う世界。
レイのレベルでは、到底たどり着けない世界…だというのに。

『それだけ、君たちのつながりが深いということかな』

自分を召喚した女はそう言って、嬉しそうに笑った。
その後に、少しだけ残念そうに続ける。

『多分、今のレイに私の存在は認識できてないだろうね。私のことは見えてないし、この会話も聞こえてないと思うよ』
「それは…まあ、繋がるほうが奇跡だ。呼び出されたならともかく、向こうからなんて」
『だね〜。ま、いいから。いってやったら？』
「いいのか？」
『話の途中だったけどさ。どうやら君には話せないようなことばかりの話題だったみたいだしｗ　いいよ、また何かあったら呼ぶから』
「すまない」

一度だけ目を瞑る。
色々な思いが『彼』の心をよぎった。
それを振り切るように、再び開いて…。
真っ直ぐ、空間の亀裂とも綻びとも呼べそうな歪な穴を見つめる。

「7ヶ月か」

そう呟いて。
足を踏み出す。
奇跡とも無謀とも呼べるタイミングでのレイの召喚。
そのままでは失敗するかもしれない、そんな危うさを補うため、『彼』は自らの力で補強した。
召喚される側としては破格の好意。
自らが作り出した娘だからこその。

「では…またいつか」

一度だけ女に振り返り、そう告げた。
女は笑って頷く。

『またいつか』

女が手元のキーを操作すると、『彼』と女との召喚の繋がりが消えた。
『彼』はそれを感覚のみで確認し、手を伸ばす。

世界を隔てた、娘へと……。